WORDs from North Dakota

2012年1月19日木曜日

歴史は作られる

室町時代のダンサーの話ではなく、そのサイドストーリー。

伊賀地方に生まれたダンサー観阿弥、そして(いつ播州に移ったかわからんが、当時伊賀地方にあったらしい)永富家からの養女を迎えた竹原家。観阿弥は竹原大覚法師の娘(養女)と結婚し、世阿弥をもうける。さらに竹原家の援助の下、小波田(オバタ)にて座を立てたダンサー観阿弥。その後の活躍は足利義満の保護の下、皆の知るところとなる。

観阿弥の出生は楠正成との関係で、論じられることはあるのだが、ストーリーの端っこに出てくる竹原家がどこから来たのか、まったくの謎である。そりゃそうだ、誰も気にしてないもの。僕も聞き及んだ覚えがまったくない。

というわけで、(情報の真偽が常に取り沙汰される)ネットで調べてみた。

名張市(三重県)は“観阿弥創座の地”と知られている。
観阿弥の妻は“伊賀国名張郡小波田の領主・竹原大覚法師の養女。
その竹原氏の祖先は山田郡竹原郷(現伊賀市鳳凰寺)で、
先の『申楽談儀』の“山田”伊賀説にも一致する。

とある。
そうなのっ!?初耳っ!うっそーーーーん!
伊賀市方面にまったく親戚とかおらんのやけど・・・・。家・・・本家やし・・・。逃げてきたのかな。
ずっと小波田に住んでたと思い込んでた・・・。
まぁ大抵こういう情報って「かなり適当」にこじつけてるし、竹原家が今どうなってるか(ちなみに現在"竹原"を名乗っておりません)知らん人多いし。地名とかだけで言われてもなぁ。。。

僕らが知ってる多くの"歴史"ってもしかしたら、文献を寄せ集めた上で、当時の状況に当てはまるようにストーリーを作り上げただけかもしれんね。

4 件のコメント:

  • 2012年1月19日 21:41 に投稿, Blogger Chompoo さんは書きました...

    ほほう、興味深い。
    しかし資料が本物かどうかは、当時の人のみぞ知る…

     
  • 2012年1月19日 23:43 に投稿, Blogger じょーじ さんは書きました...

    タイムマシンがあったら・・・是非"本当に"何が起こったのかこの目で見てみたい。でも、何だっけ"歴史を変えちゃいけない"みたいな約束をしてタイムスリップした映画。
    Gパンはいた僕を見て昔の人はどう思うんだろう。ツンツン頭の僕を見て昔の人はどう思うんだろう?金属色のデジカメを見て昔の人はどう思うんだろう。とか言ってる間に、後ろから射られそう。
    でも、ダンサー観阿弥に会ってみたい。天正伊賀の乱も"見物"してみたい。本当に何があったのか。

     
  • 2012年1月19日 23:55 に投稿, Blogger Chompoo さんは書きました...

    BACK TO THE FUTURE
    歴史は変えてはいけないのはドラえもんもですね。
    自分の祖先に会ってみたいね。

     
  • 2012年1月23日 22:47 に投稿, Blogger じょーじ さんは書きました...

    祖先に会ったらアカンねんぞ。歴史が変わってまうねんぞ。
    ひっそりと”家政婦は見た”状態を保つんだっ!

     

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