WORDs from North Dakota

2010年5月8日土曜日

日本の民意は打倒民主主義です!

最近のニュースで話題の沖縄普天間基地問題。
その中で民意という言葉がよく報じられる。

"沖縄県民の民意”。そして"徳之島の島民の民意”。
これらに違和感を感じざるを得ない。
民意とは愛国心、愛圏心、愛県心、愛市心とか何でもいいが、そのようなものがなければ危険なモノとなりうるんじゃないのか。

政治とは理想を語るだけではなく、現実を鑑みた政策立案が根本になきゃならない。
ルーピー鳩山の沖縄訪問はその点で、評価されるべきだと僕は思うんだが・・・。
これにいたるまでのプロセスには異論があって当然だとは思うが、そして沖縄県民の負担を考えれば、これが理想であったとは決して言えないのだが、夢から覚めたルーピーの姿に政治家の姿を見た。
そもそも憲法第9条改正を始め、日本の自衛隊の強化を議論せずに基地問題を語ることにも"理想"を求める政治家の矛盾を感じる。

では、話を民意に戻そう。民主主義は民意を否定をすることはできないのだが、民意が民主主義を否定した場合はどうなのか?あるいは、民意を前面に押し出すことで、少数意見が汲み取れない事実にどう対処するのか。アメリカ軍の基地であるから反対しているのか、"基地"そのものに反対しているのか。愛国心と自衛隊基地との関係は?国防と基地との関係は?
例えば、人口10万人の町の4.7万人(47%)の署名が集まったとする。では残りの5.3万人はどう扱うべきなのか?何らかの理由で署名はできなかったが、陳情内容には賛成。あるいは陳情内容そのものに反対するので署名しない。それともただ無関心?またもし2万人(20%)が市民集会に集まってシュプレヒコールを挙げるとしよう。では、残りの8万人(80%)の"民意"はどのように扱われるべきなのか。つまり、そこから見えるのは住民の"熱意"であり、”これが住民の民意だ”とは解釈の飛躍なんじゃないかと。

また民意がすべてを決定するのであれば、それは非常に危険なことではないのか。もちろん沖縄県民、そして徳之島島民に負担を"押し付ける"ことには一筋縄では賛成できないのだが、日本の国防と極東のバランスを維持するためには大陸に近い場所に基地(自衛隊とも米軍ともいわないが)を設営することに何ゆえ反対できるであろうか。
じゃ、このままいっそ竹島を埋め立てて米軍に駐留してもらえばいいじゃん。あるいは対馬とかね。
この発言を読んで、気分を害した方には申し訳ないと思うが、グアムやサイパンに基地を移設することでのメリットはよく言われることであるが、デメリットは何なのか?
グアムやサイパンへの移設は憲法第九条を含めた自衛隊の活動に関する法改正を抜きに進められるものではない。と思うけど。

そもそも民意とは何なのか。何パーセント以上の住民が集まれば民意なのか。何をすれば民意なのか。僕(個人)の民意は国策に影響を与えれるのか。定義のないものに"感覚的に"踊らされてるような気がしてならない。



先日も中国軍から自衛隊に対しての"不審な動き"があったばかり。何故なら中国は自衛隊が反撃できないことを知ってるから、そりゃもうやりたい放題だ。日中記者交換協定(日中報道協定)をも含めて極めて日本の動きが制限されていることを中国はよく理解している。日本のメディアは中国を悪く報道できないのだ。

日本が生き残る道は?        



話し合いで解決しましょう・・・・・・・By民主党


お花畑思想で政治はやめてくれ。

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